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2011年12月25日 (日)

【SWTOR】「死は存在しない。フォースが存在する」

 また同時代性というか、セレンディピティならぬシンクロニアティというか。

 先に、Jedi Codeを引用しました。

There is no emotion; there is peace.
There is no ignorance; there is knowledge.
There is no passion; there is serenity.
There is no chaos; there is harmony.
There is no death; there is the Force.

 難しい単語はないですよね。serenityは静穏、平穏、平静でもいいか。

 では訳してもらえますか?

 やろうとするとめっちゃ難しいですよね。実はあのときもブログに引用して日本語訳すること自体やめようかと思うくらい悩んだのです。そして最後の一行だけ日本語にした。それがこの表題。
 もちろん高尚な裏技を使って重大な問題を回避しようとする方もいるだろう。漢語的にしちゃうのもひとつの手でしょうね。

 「感情にあらず、平穏のみ」・・・とか。んー、でも私がいうのもあれだけどちょっと超訳しすぎかな。

 これのどこが難しいのか? そうお感じならば、疑うべきポイントは英語じゃなくて国語。

「感情は存在しない。平安が存在する。
 無知は存在しない。知識が存在する。
 情熱は存在しない。静穏が存在する。
 混沌は存在しない。調和が存在する。
 死は存在しない。フォースが存在する」

 カタカナの字面がお気に召さないなら、(あまり良い訳語じゃないと思うけど)公式的に用いられているように、フォースは「理力」(りりょく)でもいい。ゴロが悪いとお思いなら「死」は二字熟語で置き換えましょう。「死滅」でも、「死没」でも、「絶命」でも。
 気をつけないといけないのは、「往生」とか「他界」とか座り心地がいいの使っちゃうと意味まで違っちゃうからね。それらこそ「理力」の発想なわけだから。しかし日本語は言霊文化だけあって、調べてみると、ストレートに「死」を表現する言葉のほうが婉曲的表現より少ないってどういうこっちゃ。

 そんなんじゃ直訳過ぎてだめだ、ってなら、

 「感情ではなく、平安がある」
 「死滅ではなく、理力がある」

 あるいは

 「感情はなく、平安がある」
 「死滅はなく、理力がある」

 こういうパターンでもいいですよ。お好みのどれでもいいよ。こっちの手の内には関係ないから。

 さて、ヒントもだいぶ出た。問題はなんでしょう?

 そうそう、「は」(読みは「わ」)と「が」ですね。

 どうぞ才能豊かな方は、それを用いることを回避するような美文調でも漢文調でも編み出していただきたい。だがそれをすると本質が曇る気がするのだ。

 死ぬほど悩んだ。往生した(笑)。いや最初が「は」で、次が「が」しかあり得ないのはすぐわかった。こう見えてもネイティヴ・スピーカーあるよ、ぱかしゅるな。

 「感情が存在しない。平安は存在する」

 「感情が存在しない。平安が存在する」

 「感情は存在しない。平安は存在する」

 「死滅がなく、理力はある」
 
 「死滅がなく、理力がある」

 「死滅はなく、理力はある」

 やっぱ変ですよね。リズムとかなんとかじゃなく、意味あいとして変に聴こえる。

 纏め買いして中身を見ず積んでおいた大澤真幸氏の書籍をふと思い立って手にしたのは、なんとその二日後。

 ズバリ、そのネタが書いてありました。「社会は絶えず夢を見ている」という本。

 いや自分が夢を見ているようであった。

 そこに詳しく謎解きが記載されております。詳しくはそちらを・・・。

 って終われないか。ディナーの後ってわけにもいかん。

 でもなあ、難しい本ですからね、私なりの解釈で勘弁してもらおう。

 「思想は言語に深く規定されている」がテーマ。つまり「日本語で考えること」とは、どういうことか、という意味。

 まず、「は」という「特権的な」助詞について。

 文章が「○○は」ではじまる「奇異な」文章は今では珍しくもないが、実は明治時代の大日本帝国憲法あたりがはしりであるそうだ。しかも当時は「悪文」であった。それ以前の法令には用いられていない。例えば「広ク会議ヲ興シ、万機公論ニ決スベシ」、例えば「一に曰く、和を以って貴(たっと)しと為し、忤(さか)うること無きを、宗(むね)とせよ」。
 逆にその時代から、法令や学術論文では確かに数多く見られるようになった。

 ただし「は」の使用自体は別にその時代にはじまったわけではない。
 「が」が主格を表す格助詞であるのに対し、「は」は(ここも私はわざとやってますよ(笑))そうではない。格ではなく「主題」を示す説、「旧情報」(既に提示された、皆が知っている情報)を示す説などいろいろ議論はされてきた。

 ちなみに有名な「ぼくはウナギ」という文章が「主題」を示す例として示されています。知らない人はどういう意味か、いや、どこで用いる文章か考えましょう。私はそこまでやさしくない。つかこのご時勢、ググれば一発だろ。

 付け加えるなら「わたしはカモメ」は? 人類初の女性宇宙飛行士、ロシアのテレシコワの名台詞ですが、チェーホフの戯曲「かもめ」からとった説が定説にされているけど、実際には彼女のコードネームが「カモメ」(チャイカ)なので「こちら、カモメ」の意味だったそうだ。誤訳かい!
 ほらみろ、ググレば色々わかるぞ。

 閑話休題。「主題」説も「旧情報」も著者によれば厳密には違うが、近似解にはなるだろうといいます。

 そう考えると、大日本帝国憲法はますます不可思議になる。「大日本帝国は」、「天皇は」と書いたら(まさにこれから定義すると言っているのにも係わらず)まるで受け手が最初から知っている話題ということになってしまうから。

 さて、もう飽きましたかそうですか。とっととお帰りください。ここからが面白い。

 精神分析の大家ジャック・ラカンは、自著(フランス語)「エクリ」の日本語版の序文にて、「この序文を読んでる日本人は直ちに本を置け」とのたまったそうだ。

 「なんだと?」と色めきたつよね。著者(大澤氏)もあんな難解な著作集を必死に訳した日本人訳者はお気の毒と笑っている。

 ラカンの趣旨は「だって日本人には無意味だよ。君たちには精神分析が必要ないから」というのだそうだ。ますます「おっさん、ぱかしゅるか?」だね。

 ラカンは日本語も学んだ。どこまでできたか不明だそうだが、少なくとも漢字かな混じり文であることを知っている。

 ラカンによれば、漢字(文字)がかな(音)を説明している(注釈を与えている)。だから日本人はヒステリーにも強迫観念症にもならない。精神分析医もいない。(たしかにご自身に精神分析が必要そうな香や・・・うっぷっぷ、みたいな精神分析の人しかいねえな。いや笑いごっちゃなくてよ、こちとら業務上リアルで雇っているメンタル・カウンセラーが続々とリタイアしていくのを見てるからね。どっちが危ないんだよって感じですよ)

 脱線開始。

 ちなみにこの漢字かな混じり文(文字が音を説明する)が、外国語のマスターにあたっても、(日本語のマスターと同様に)読み書きを先行するため結果外国語をまともに喋れない(聞き取れない)日本人が多いことを説明もしている。
 実はアメリカなどでは、母国語ぺらぺらだが一切読めない書けないはザラ。社会問題だ。その手のことをネタにしたミステリーもアドヴェンチャー小説も結構ある。んー、ネタバレになるからどれかは書けないけど・・・。

(もちろんこのブログのスタンスは、英語をマスターしなければならないのは日本人のごくわずかの人たちだけであり、本国で母国語で高等学問をひととおり学べるだけじゃなく、世界中の文芸や論説にも翻訳のおかげで触れることができ、あろうことかなんとSkyrimやMass Effectまで日本語で遊べちゃうなんて、なんて素敵な国なの!です。
 人口70万人のブータンが幸福かどうかしらねえが、こっち一億人だぞ。ところが最近、元マイクロソフト日本の雇われママだったおっさんが、「日本人で英語が必要なのは10%の人」とか書いてるらしい。ぱくられた気がして腹が立っている。ま、皆考えることは一緒と思えばいいんだけど、なんとなくね)

 一方では、漢字を絵の一種であると考えれば、非常に特異な形で発展し、世界を凌駕しつつある日本のマンガ文化の隆盛を説明しようとすることもできる。私見ですが、すげえ乱暴にいうと、これはものづくりなるものにも繋がるんだと思うけどね。マンガ=職人文化=オタク・アドマイア。大陸や半島国には職人文化はありません。悲しいことにそれは奴隷文化なのだ。

 脱線終了。

 ここらの(どこだよって脱線前だよ)論証が、この論説の一番の醍醐味です。宗教(あるいは世界帝国)と密接にかかわりあうラテン語、アラビア語、漢語など「真理語」も登場する。だが、そこは本を買っていただこう。大澤氏の編み出した「第三者の審級」なる概念に触れないといけないし、それを納得することはさすがに(彼の著書を追いかけていないと)きつい。
 すっとばして、結論めいたことを書けばこうだ。

 つまり、必要に迫られてやむを得ず、大陸などから抽象概念を輸入したのだが、日本語は、なんとその全てに対してはっきりと「よそ者」であることがわかるようにマーキング(刻印)したのだ。

 社会、個人、自然、権利、自由など、今ではごく普通に持ちいられているが、非常に不思議なことにみな二字熟語だ。(上のJedi Codeの拙訳を見てくださってもいい)
 そしてほとんどすべて「音読み」である。
 しかも「社会」などどちらの漢字ひとつでも間に合うのにわざわざ重ねた。これは「よそ者」だとはっきりわかるようにマーキングするために。

 最近では造語も面倒になったり、そもそも難しくなってきたこともあって、カタカナのまま書いている。一番上のセレンディピティーなどもそうだし、インターネット、グローバリゼーション、コンプライアンス、アカウンタビリティなどなど。間違いなくよそ者であることがわかる。日本語は外来語の概念(マーク!)をいやいや受容(これも)したが、その帰化(これもだな)を永久(これも)に拒絶(はいこれも)しているのだ。

 日本人は日本語をもちいて、やむを得ずしょうがなくて導入した外来の概念を刻印して「無害化」して、両義的に(ネガティヴでもあり、ポジティヴでもある形で)受容したのだ。
 私見ですが、今も昔も変わらない日本人の舶来かぶれっていうのは、実はこうした歯止めがあったから、闇雲に進んだのかもしれない。

 一時期ビジネスITの世界ではアルファベット三文字の略号が死ぬほどはやった。ERP、CRM、SCM、ETLなどなど。今ではもうあまり聴かなくなった。実はSCM、サプライチェーンなんて、タイの洪水の問題を見てもわかるように、もう大企業のビジネスと切り離せない形で染み付いちゃってるんですけどね。

 んー、「は」の話に戻る前に、だいぶ長くなってしまった。もうちょっと考えてから続きを。 

 

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