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2011年10月 3日 (月)

Circulation of Elite(3)

 パレートは、社会学的考察の際は人間の非理性的行為に着目すべきとの考えを持っていた。経済学的考察が理性的行為、いわゆる「経済人」なる合理的判断の持ち主を想定していることとの対比であろう。
 最近では、「経済人」を行為主体と想定しない経済学、「行動経済学」なる分野もあるので付け加えておく。

 Circulation of Eliteは、よって非常に思念的な発想である。情念的とまでいえるかもしれない。英文で読むと、論文というよりはエッセイのような感じである。

 そもそもエリート(集団)の定義が曖昧である。

 ひとは肉体的にも、知性的にも、道徳的にも平等ではない、という公理に基づくのは確かである。ひとことでいえばエリートとそうでない者を分け隔てるのは能力差である。社会に必要とされている能力の優劣、有無である。

 パレート自身は「こういう人物なら10点満点で何点、こっちは何点」といった点数で評価する方式で説明しているので、そんなに深い意味合いがあるわけでもないと思う。
 ナポレオン・ボナパルトが善人か悪人かは関係ない。その能力が類稀であればよい。ある人が紳士だからという理由で盗みは一切しないなら、盗賊としての評価はゼロだ。
 また「この子はやればできる子」かどうか、潜在能力も意味はない。顕在能力でなければならない。

 だがここが重要だが、能力のある者は機会均等でなければいけない、という発想が彼の根底にある。
 ひところ日本企業で流行った「実力主義」というのとは全然、100%違う。あれは集団の業績を否定して個人の業績のみ追求するように仕向ける制度だ。よって個々人はもてるノウハウ、貴重な潜在顧客などの手の内を同僚にすら明かさなくなる。チーム(日本人の大好きな曖昧な言葉で言えば「総合力」、佐藤優氏によれば「一味同心」なる右翼的文化)で勝っていた会社は、金で働く傭兵部隊以下に成り下がった。日本企業の退潮が言われて久しいが、個人的には一部はそのせいじゃないかと思っている。

 この「実力主義」なるものは、次回記事に登場する(はず)の「新自由主義経済」の概念とも密接に関連している(はずだ)。まだ書いていないのでわかんないけど。

 ところが、パレートは既に権力の座についている集団をエリート集団と呼ぶこともあるのでややこしい。そして既に権力の座についている者が必ずしも「必要とされている能力」、英語で言うところのcompetenceを有しているわけではないことも、完全なる適任者がそういう地位についていないことがあることも、今更説明する必要もないであろう。

 "Life is unfair."
 人生は不公平だ。

 よってエリートの機会均等を実現するため、社会的な地位には現に能力を有する適任者が就くようにするためには、社会に完全なる人材流動性がなければならない、という発想に行き着く。現代の言葉でいうと適材適所、機会均等だ。もちろん、現代だろうがいつだろうが実現していない。どじょう内閣だってだめだ。そもそも、どじょうって。

 まてまて、おれにはそういった人に見せることのできるこれといった能力みたいなものはどうやらないようなんだが、この話のどこに登場する?
 登場しません。話は一番最初から、すでにエリート層に限られている。

 このゲームは、はじめからイカサマだったんだよ!

 まあ、腹を立てずに、いや腹を立ててる人こそできれば最後まで聴いて欲しい。私だって権力の座になんて就いていない。

 人間社会には遺産相続、人脈(血縁・縁故)などがあるため、完全に自由な人材交流など実現しない。それ故に、地位と能力の間に乖離が生まれる。

 原初的には、連戦連勝の歴戦の将軍、政治の天才、知恵に満ちた敬虔な僧侶、抜群の能吏、才覚溢れる豪商などがそういうしかるべき地位を占めていた。日本人なら戦国時代の話が一番愉しい(ときの権力者はおちおち寝てもいられなかっただろうが)のも、渡部昇一氏が「戦国時代がなかったら日本の歴史はさぞつまらなかったであろう」と言うのにうなずけるのも、それからなぜか大陸国の人間よりはるかに三国志が大好きなのも(本当)、草履取りの木下藤吉郎の話とか、曹操の「ただ才のみ挙げよ」という格言であるとか、そういう時代だったからだと思う。

 日本人は、神様がちょっかい出すのも、お上が面倒くさいのも大キライ。

 ちなみにあの「銀英伝」の作者(田中芳樹氏)によれば、大陸国で受けるのはやはり「隋唐演義」とかそっちであり、日本人が「三国志演義」びいきなのは、なんだかなあと昔書いていた。今調べたらご本人が日本語訳「隋唐演義」を出してますね。

 だが時が移ろえば、禅譲だの、謀略・腐敗だの、慢心・惰性だの、制度疲労だの色々あって権力者の地位と能力がどんどん乖離していく。もちろん悪いほうに。大陸国史をご存知なら、そういった例は枚挙に暇がない。エリート層は数だけではなく、質も、意欲も喪っていく。権力の座に就いていなかった下層民のほうが数も、能力も、意欲までも上回り、エリート層はそうした新興層の力に頼らざるを得なくなる。
 そうした新興層の流入を妨げれば、当然のように社会秩序は乱れる。もはや無能化した権力の座にあるエリート層は、再度門戸を開放するしかなく、そうでなければ革命などの政権転覆によって追放させられ、別のエリート層に席を譲ることになる。

 ひとつのエリート層が具体的に誰で、もうひとつが誰、ということではない。アイスホッケーのチームは疲労による戦力低下を避けるため、Aセット、Bセットなど機能自己完結した選手の集団を複数組むが、そのようなものと考えたほうがいい。複数のセットが交互あるいは順番にリンクに出てくるような感じ。観客に代わりに滑らせることはない。
 二大政党制というのは、言ってみればこの交替制を政党単位で実現しようという試みであろう。それ自体は良くも悪くもない。

 よって、このシナリオに一般大衆(どちらのエリート集団にも属さない者)が登場するとすれば、彼らが活躍する門戸が閉ざされ、あるいは喰えなくなって怒れる大衆となった場合である。だが一般大衆が不平不満によってときの権力者を何らかの方法で打倒したとしても、代わりに権力の座につくのは、また別のエリート集団でしかない。

 以上は、パレートがマルクス史観に対する批判としてぶちあげたものであったが、結局エリートとは何か、という部分は曖昧なままであったため、(別のエリート層であると自負していた)ムッソリーニのファシスト党に影響を与えてしまうことになる。パレート本人はファシスト党の活動には無関心であったようだし、彼らが政権についた後、本格的に猛威を奮うのを見る前に亡くなっている。

 だが思念的で、学術的・理論的には曖昧であっても、人類の歴史を観察して得られた発想であり、最近の国内情勢、世界情勢を見れば、尽くそのとおりになりつつあるといわざるを得ないのではないか。

 「カラー革命」、「アラブの春」なるもので長期政権が転覆されていくのは、ツイッターのおかげばかりではないだろうが、確かに一般大衆の憤りが爆発したものだろう。
 だが空白となった権力の座を埋めるのは、結局また別のエリート集団である。
 

 警察官の汚職があまりにむごたらしい、abysmalなことに激怒して始まったチュニジアなど北アフリカの暴動のおかげでときの権力が転覆しても、また新しいエリート集団が権力を握ってしばらくたてば警察機構が汚職をはじめる。

 ブルックリンでいくらデモ隊が騒いだって、アメリカの宗教ともいえる新自由主義の牙城、ウォールストリートは変わらない。もちろん、あるエリート集団が下手こいたので一時期一斉に退場はしただろうが、その代わりはいくらでもいる。実際に退場したのだって、その多くは実は一般大衆層じゃないかな。エリートは情報持っているだけに逃げ足は速い。
 そういえば「自分は高杉晋作のように逃げ足が速い」と自慢げに嘯いていたバカ宰相もいた。ア・バオア・クー脱出時のキシリアのグワジン(ザンジバル?)のように火達磨になればいいのにと思っていたが。

 ときの権力者であったエリート集団が制度疲労のせいかなにかわからないが、使い物にならなくなったので、大衆は政権交替が必要であるとみなし、選挙によって舵取りを新政権の手に委ねた。結局権力の座についたのは、やっぱり別のエリート集団に相違なかった。影のエリート集団たる官僚は依然として(悪い意味で)健在であるのもよく指摘されるところだ。 

 結局、救いがない話じゃないかって?

 パレートも、皆がマルクス史観に踊らされてabysmalな事態を招くことを看過できず、ましなほうの悪、レッサー・イーヴィルとしてこうした発想をぶちあげたのかもしれない。

 日本の場合、能力に満ち溢れている新しいエリート集団が現れるまで、祈り続けるしかないんじゃないかしら。それまで首相を何人ツモってはツモ切り、クビチョンパしても別にかまわないと思うけど。実際にギロチン台に送るわけじゃないし。
 

 いやー、それじゃ海底(ハイテイ)まで、ツモらんのじゃないって?

 そのうちでかい手に振り込んでハコテンくらうって? 
 

 という暗い話で終わるのもなんなんで、もう一回書こう。

 少しネタを仕込まないといけない。

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