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2011年9月22日 (木)

【New Vegas】 最終章Lonesome Road

 Fallout: New Vegas のDLC、"Lonesome Road"の簡単な感想。

 ネタバレあります。 

 本文は「続きを読む」の下。

 Old World Bluesが意表をついて面白かったので、最終章Lonesome Roadも期待が大きかったのですが・・・。

 コンバットについて言えば最終章らしく、また来週にはマンチ向けのアイテム・パックがリリースされることもあってか、極めてマッチョなノリですが、プレイの中身はごくごく普通の感じでございました。

 そうなると、まだ決着のついていない物語のルーズ・エンドがおさまるべきところにおさまったのかが興味の中心となりますが。

 まだ一回クリアしただけ、マップ全域を旅したわけではないのですが、すべての謎は解けないつくりになっているのかもしれない。

 結局主人公に根拠のない因縁をつけてきたストーカー(ユリシーズ)との対決物語だったのか。 
 それとも主人公は記憶喪失(?)のせいで、ユリシーズの復讐に値するだけのおぞましくも重大な過去の所業を忘れているだけなのか。

 Lonesome Roadの舞台となるザ・ディヴァイドで以前なにが起きたのか、それに主人公クーリエはどう関与していたのか、その関与(があるとして)はクーリエが自発的・意図的に行なったものなのか。
 そしてユリシーズがクーリエに私恨を抱いた理由は何か、そもそもユリシーズとは何者でザ・ディヴァイドとどのような関係を持っていた人物なのか。

 それを知る手掛かりは、ユリシーズ本人のクリプティックな(謎めいた)語り口しかありません。ユリシーズの言葉の裏づけ(あるいは反証)となりそうな情報は他にはほとんどない。
 
 ユリシーズのつぶやきを鵜呑みにすれば、後にザ・ディヴァイドと呼ばれることになる場所に平和なコミュニティが設立されるきっかけを作ったのも主人公クーリエ。後にその地にある「もの」をデリヴァリーしたのもクーリエであり、そこで繁栄の礎を築いていた住民たちもろとも破壊しつくし、現在のような不毛の地に変えたのがクーリエの運んできた「もの」であった。
 この「もの」、マシンが何であったかは、ゲーム内で薄々わかるようにはなっていますが。
 
 ユリシーズは、(主人公クーリエを除くと)そのコミュニティの最後の生き残りであったことになる。

 あのNew Vegas冒頭で主人公がベニーに頭を撃たれたときから少し前の時点で、プリムのモハヴィ・エクスプレス(クーリエの中継基地)に訪れたユリシーズ(クーリエ・シックス)は、主人公クーリエがまだ生きていることを知ると、プラチナ・チップのデリヴァリーを拒否し、主人公に肩代わりさせるように告げて立ち去る。

 ユリシーズは、ベニーが冒頭シーンで叫んだように「このゲームには最初からいかさまが仕込んであった」ことを知っていたのかどうか。主人公の名前を見つけるまでデリヴァリーを引き受けるつもりであったことから、どうもそれは違うようです。
(「いかさま」とは、プラチナ・チップを運ぶクーリエが誰(何番目)であるか、ベニーが最初から知っていたことを指す。囮として他に5人のクーリエを用意したのが無意味であったということ)

 ただし主人公クーリエの名前はユリシーズにとって「忌まわしい凶兆」。バッドラック。それを嫌ったということがひとつ。そして仇敵が生きていることを知って復讐のチャンスが訪れるように計画を練り始めたということかもしれない。

 ユリシーズは、自分の故郷と同族を葬り去った主人公への復讐を成就したい一心で、荒野中を旅して計画を進めていた。

 最後まで、ザ・ディヴァイドでかつて何があったかは判然としないまま物語は終わります。

 本編発売からだいぶ時間が経過したこの時期になると、Fallout WikiであるThe Vaultの書き込みも激減する。数少ない手掛かりとして、デザイナーのブログからの次の引用があったので、それは参考になるかもしれない。 

"I also have a lot of love for Ulysses in Fallout, only because I like the idea of someone hunting my player for reasons of his own, and then hearing the reasons why… and realizing how important even the smallest of my actions are for the people of the wasteland – living or dead."

 このデザイナーがユリシーズのことを大層お気に入りな理由は、「追跡者が彼自身しか知らない理由で主人公を追跡し、復讐を果たそうとする物語が好きだから。主人公が過去に行なったごく些細に見える行動が、荒野の住人たちに多大な影響を与えるという話が好きだから」。

 いわれなき因縁のため執拗に追いかけまわされる。スピルバーグの衝撃的なデヴュー作品、テレビ映画「激突!」あたりの感じでしょうかね。

 だけど、 デザイナーの目論見は、あまりうまく行ったとはいえない気がしますが。
 なんだか色々釈然としないまま終わったという感じ。

 ユリシーズの語りが謎めいているのは元からそういう効果を狙ったのでしょうが、とにかく長い。長いし、なんだか同じことをずっと繰り返してるような気がします。そして最後まで核心には触れない。
 狂人なんだから仕方がない、ってことかな。でも語り手が狂人だったら、こっちは何を信じればいいのかと(笑)。

 クライマックスのユリシーズは説得不可能。なにがなんでも対決しなければならない。
(もちろん、途中で何度も警告されるように、「このまま来た道を戻る」という手段がないわけじゃないけど、DLCに10USD払ってるしね!)
 
 その代わりエシカル・ジレンマ、モラル・チョイスは用意されてはいるのですが。
 エシカル(倫理的)でもモラル(道徳的)でもないなあ。

 Lonesome Roadの名にふさわしく、人間(グール、スーパーミューなど含む)のコンパニオンは誰もいない。
 唯一のコンパニオンは、マシンだもの。

 そらあ、犠牲になってもらわんといけないでしょう。
 
 マシンを救うために多数の住人を犠牲にする?
 ニヒリズム、アナーキズムの極致という狙いなんだろうか?
 ここもあんまし効果的な選択肢ではなかったような気がしますね。

 とはいえそのマシンの「犠牲」にしても、例えば映画「2010年」のHAL9000の最期のような「感動的」な結末にもならなかったと思う。

 最後は、あの初代Falloutから継承されている、あまりに有名なナレーション。

 「戦争は、いつの時代も変わらない」

 でも今回は、「人は変わりうる」と付け足されている。

 うーん。

 ま、もう一度通してプレイしてみますわ。

 

 

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