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2011年7月13日 (水)

カリスマ(2)

 なにも高尚なことを書こうと思っていたわけではなく、そういえば「カリスマ」っていうアトリビュートは最近のCRPGでは省略されていることが多いな、と感じた思いつきからスタートしている。

 きっかけはこの記事。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110712/plc11071203160004-n1.htm

 中身は山内教授の政権批判だが、ピエロに対してとても失礼なことが書いてある。
 だがそんなことはどうでもいい。

「カリスマは、大衆を動員するのに慣習や手続きを無視し、あるいは合理的判断を必要としない政治的力量に恵まれているので、迅速な対応を必要とする危機的状況には有効な指導者とされてきた。」

 記事でも名前が触れられているように、人口に膾炙しはじめたのはマックス・ウェーヴァーがその著作で用いた19世紀からであるが、それ自体も当時の著名なキリスト教研究者からの引用からはじまっているそうで、ちょっと考えればわかるように、宗教オリジンですね。

 キリスト教(そして当然ながらユダヤ教)でいう"divinely conferred charisma"が原型だそうだ。

 いつものmerriam-webster。

1.a personal magic of leadership arousing special popular loyalty or enthusiasm for a public figure (as a political leader) 

2.a special magnetic charm or appeal

 いきなり定義に"magic"がはいってる。こちらはあまり当てになりそうにないな(笑)。
 カリスマ店員とかカリスマ美容師なんかは、まあきっと2.の意味ですね。

 疲れるけどここはWikipedia(en)参照。

 ウェーヴァーのいう"charismatic authority"、カリスマ的権威、これを説明するためのカリスマの定義は次のようなもの。

"Charisma is a certain quality of an individual personality by virtue of which he is set apart from ordinary men and treated as endowed with supernatural, superhuman, or at least specifically exceptional powers or qualities. These are such as are not accessible to the ordinary person, but are regarded as of divine origin or as exemplary, and on the basis of them the individual concerned is treated as a leader."

 重要なのは、凡人には望むべくもない資質であって、(神から与えられた)天賦の才("divine origin")を有する者であるか、または全(まった)き模範者"(just)exemplary"であること。それがゆえに、かような者はリーダーとして取り扱われるというところ。

 そしてさらに重要なのは、信奉者・追従者ら、すなわちビリーヴァー・フォロワーらにとってカリスマがあるとみなされていることだそうだ(the recognition on the part of those subject to authority)。自分ひとりで「おれってカリスマ!」と叫んでいてもなんの意味もないということですね。

 とあっさりわかりやすく言い切るのはちょっと嘘だとお叱りを受けるといけないのでまじめに。
 宗教的カリスマ(例えば預言者)や政治的カリスマ(例えば独裁者)がカリスマであるためには別にフォロワーらとは関係ない。前者で言えば神の啓示を受けりゃいいんだから。「あたしゃこないだ神の啓示を受けたんだよ!」だけでいいわけ。後者で言えば「誰がなんといおうと自分の説が正しい!」と思ってればいいわけ。

 だが、預言者(予言者じゃないからね)として神の啓示を受けたら、フォロワーを集めるのは当然の「責務」になりますよね。だいたい「あたしゃ神の啓示を受けたんだからあたしだけわかってればいいのさ」という人物に、一体どうして神は啓示を与えるんだ。いや、人間ごときに神の思考はよくわからないけど、敢えて介入してくるのだから、その啓示はやっぱり広く知らしめなければならんのではないのかな。
 政治的カリスマにしても、自らが「選ばれし者」であり、自説が本当に正しいのであれば、それを普及させ、望ましい社会を実現すべきじゃないのかな。 

 直接の関係はないけど、今「日本人の神様とGODは何が違うのか?」(講談社現代新書)という、まー情けないくらいしょうもないタイトルだけど非常に面白い対談を読んでいるんですが、ジーザスがそうした「責務」を遂行するために、いかに腐心していたかという指摘がとても興味深い。ただしジーザスは預言者ではないそうだが、宗教的カリスマは預言者に限った話ではない。

 また同書(あー脱線してるなあ)では、上の「あたしゃ神の啓示を受けたんだよ!」という人が偽りの預言者(false prophets)ではなく、真の預言者であることをどうやって証明するんだ、というもっともな問いへの答えも説明されていて興味深い。

 はしょって言うと、モーゼが受けた神の啓示は律法として明文化された。その律法に照らし合わせて律法学者が「あたしゃ預言者だよ!」という連中を審査するわけ。新約聖書でジーザスがしょっちゅうケンカ売ってけちょんけちょんにやっつけてるパリサイ人とかがその律法学者。もっというとジーザスの教えはモーゼが受けた啓示を発展させたものであって否定したものではない。だから律法学者との戦いは「お前の解釈が間違い。頭悪いんじゃない、というか神の恩恵を受けてないんじゃない?」という論争になるわけですね。どっちが正統かを争っているんですね。

 さらには(脱線中)、「キリスト教徒は本当に奇蹟を信じてる? 科学と矛盾していない?」という日本人が真っ先に思いつく疑念についても、とても気持ちのよい説明がされている。
 これもはしょると、答えは「一切矛盾していない」。

 なぜなら全知全能神が創造した宇宙は、すべての事柄が「科学が解明しつつあるように」調和している。axiomaticなシステム(系)だってことですね。でも真の預言者(あるいはジーザス)が「啓示を受けたとか言ってるけど、お前の気のせいだろう、この偽者め!」とパリサイ人などに責められて立場が苦しそう。だから介入する。ちょっとだけ時空を歪めたり、因果律を無視したり、死者を復活させたりする。それが奇蹟。誰に向かって物言ってんじゃい、というまあ恫喝ですね。
 すなわち奇蹟は、創造神が被創造物である宇宙をちょこっといじって見せていること。日本人がすぐ誤解するような魔術・呪術、オカルトの類とは全然違う。もちろんキリスト教はオカルトを否定する立場だから。

 ただしそれは「奇蹟」の説明であって、聖書の記述が全て科学と矛盾しないかというと、さすがにこれは苦しいね。だからそういうところは科学を無視するという(逆に聖書原理主義者は、矛盾しているところだけ聖書を無視する態度だそうだ)。

 脱線が過ぎた。

 ほんとうは、ビジネスの世界における「カリスマティック・リーダー」が一時期あれだけ騒がれたにも係わらず、今やその話題すら出ない(たまにジョブズが病院を抜け出して登場するときくらい?)のは何故か、も書きたかったがもう長くなりすぎた。

 要点としては、ウェーヴァーがいう支配の三類型、カリスマ的支配、伝統的支配、合法的支配のうち、個人(カリスマ)と個人(フォロワー)の関係で成立する類型であることが特徴的であるということ。そして他の二つと異なり「非日常的」であること。果てしなく長く退屈な日常をなにか変えてくれるのではないかというフォロワーたちの変化への渇望に負っていること。

 上述の記事が書かれていること自体もその証でしょうけど、今日本がおかれているリアルの状況について、このカリスマを踏まえて考えてみるのは有意義なことだと思います。
 
 佐藤優氏のように、「もうすぐヒトラーが登場する」という物騒な説も意外とはずれていないかもしれないと考えさせられるのだ。
 カリスマ的支配を欠いている以上、伝統的支配、合法的支配の割合が、んーと・・・、「支配的」になっている。「日常」が日常的になっている。これは退屈だ。閉塞感が蔓延する。農民・漁民などより大企業である電力会社のほうがずっと大事だ。震災復旧・復興よりコンプライアンスが大事だ。テレビ受けするイケメン政治家がたくさん出てくるけど判で押したような陳腐な奇麗事しか口にしない。せいぜい出てきてもチョイ悪親父程度。そんな世の中もう飽き飽きだ・・・。誰か出てきてぱーっと、うぁーっと全部変えてくれー!(で先の戦争が始まったんだけどね)。

 ちなみに私個人は、「英雄待望論」ほど危険な思想はないと思っているので、ウンコ宰相が毎年変わったって別にいいんじゃないのー、だっていてもいなくても一緒だよー、という意見でございます。誤解しないように。
 でもこれも佐藤優氏が文春かどこかの対談で指摘していたが、日本人の一部にはそういう状況が長く続くことに耐えられない、血の気の多い集団がいることも間違いないのだ。ウンコ宰相が続いたことがヒトラー誕生の素地にもなったんでほんとは怖いんだけどね。

 だが、圧倒的にカリスマ性を欠いているこのブログでは世情を憂いてなにか格好いいことを書くとかはしない。

 なぜCRPGの世界で「カリスマ」がオミットされてきているのか。
 私にとってそっちのほうが重大関心事だからだ。

 

 

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