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2011年6月22日 (水)

「国のない男」再読。(2)

 断っておきますが、ヴォネガットの本自体は、 副題がA Memoir Of Life In George W Bush's Americaとなっていて、2005年くらいまでの例のふたりめのブッシュの湾岸戦争の時代に書かれたエッセイが中心であり、さすがのヴォネガットも80歳を過ぎると全てユーモアで斬り捨てるわけにはいかなくなって、むっつりしてくるんだなあ、という内容。
 ご本人遺作であると断って刊行して、著者は2007年にお亡くなりになって本当の遺作になった(その後短編集などは出ている)。日本語版も2007年、著者が亡くなられた直後に刊行だったかな。

 銭金こそが価値、国民皆保険も公立学校制度もないアメリカで果たしていいのか、貧乏人はなにか問題があるから貧乏なので虐げられて当然でいいのか、化石燃料を使いすぎた人類は地球を愛してもいなければ地球から愛されてもいない、などなど。

 ここでは完全につまみ食いをしているとお考え下さい。

 それと、過去のエッセイや作品を読んでいないと、ちんぷんかんぷんで入り口でシャットアウトなんて人もいるかもしれないけど(っていうサイファイなどの評論家がよく言う「初心者に敷居が高い」物言いが自分は本当にキライですが、この本に関しては敢えて言っておきます。ごめんなさい)、まあご興味があれば。

 DA2のほうのネタバレがあるんで、「続きを読む」の下。

 突然お絵かきの必要が出てきた。

 なんだかわけわからんだろうから説明する。

 縦軸にはラベルがあって、上がGood Fortune、下がIll Fortune。まあ「幸福」、「不幸」としておきますか。
 横軸は縦軸との接点がBeginningで、右端がEnd。

 本にあるものをコピるのもどうかと思ったので再現してみました。
 
 上は(ヴォネガットはハッキリ言っていないが)、明らかに「シンデレラ」の物語。
 継母やその娘(義理の姉)たちとのちょっと不幸な生活(実の母親は死んでしまってるんですね)からはじまって、やがて舞踏会に招かれてもいないのになぜか妖精がやってきて、かぼちゃの馬車とか綺麗なドレスとかガラスの靴などを受け取るのが階段状のところ。舞踏会で王子に見初められ幸運が頂点に達するが、十二時の鐘とともに(省略)。

  おおい、このくらいはいくらなんでも知ってるよね?
 最近なんとか教育とやらのせいで怖いからな・・・。

 ところがガラスの靴の一方だけが(なぜか魔法が解けず?!)残されて、王子が命じた持ち主探しによってシンデレラの存在が明らかとなり、王子様と仲良くくらしましたとさ。めでたしめでたし(最後にある∞は無限大のマークのようですね)。 

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 それに対して下は、 なんともまあ無愛想なグラフである。これは(やっぱりヴォネガットはハッキリは言ってないが)どうみてもカフカの「変身」。

 朝起きたら(以下略)。いやいや、このくらい知っといてよ! 頼むぜ! たいして分厚い本でもないだろう!

 確か販売員かなんかでうだつがあがらない、貧乏なのにかなりの借金と養うべき家族を抱えた主人公。ちょっとした不幸な生活から、冒頭いきなり不幸のどん底無限大。以上。

Cocolog_oekaki_2011_06_22_15_00

 ヴォネガットの趣旨は「ストーリーテリング」にあるかというとさにあらず。最後にシェークスピアの「ハムレット」が登場するが、結局このグラフには全く書けないことが示される。全く。物語で主人公の立場は良くも悪くもならない。
 シェークスピアの「ハムレット」は物語づくりとしてはまったくなっていない。
 でも「ハムレット」は傑作である。なぜならそこに真実が語られているから。

 上の「シンデレラ」も「変身」もなにも真実は語られていない。なぜなら何が良いか悪いかなど結局わからないから。

 趣旨はそういうことです。

 さて、ヴォネガットの趣旨は高尚な文学論だから、ここでは関係ない。

 自分もまねしてDAを書いてみようと思って、はたと困った。
 まず分岐、選択の幅云々はやめとこね。収拾付かなくなるから。善なる主人公がブライト征伐に邁進するハッピーエンドのカノン・ストーリーとしておこう。

 それでも困るね。「幸福」ってなあに?
 ブライトの征伐なる「全体善」が実現したことにしましょうか。
 そうなるとほぼシンデレラ・ストーリーと変わらない。
 オリジンストーリーでそこそこ普通の生活を送っていた主人公は一度不幸のどん底に落ち、ジョイニングの儀式を経てオステガーの戦いに参戦して九死に一生を得る。
 そこまでずっと苦悩が続く。
 でもフレメスに助けられてから、途中色々あるけど同盟軍を集め、ランズミートでローゲインの悪事を暴き、最後にはアーチディーモンを打倒して、下手するとロマンスまで成就したり、国王になったりして、めでたしめでたし。

Cocolog_oekaki_2011_06_22_15_19

 非常に単純である。途中細かい上下動はあるだろうけど、基本はこうかな?

(注)実はクライマックス直前、リオーダンが憂鬱そうな顔をさらにしかめて主人公たちに告げる「ブライトを終息させるためには、ウォーデンの誰かが相討ちせんとかんがね」のくだり。DA:Oでは非常に重要な「ひねり」のポイントだが、それはあくまで「誰が相討ちになるか」であって、アーチディーモン征伐とは関係ないので、上では表現していません。

 さて、DA2だ。これは難物である。

 まず、冒頭すでにカフカの主人公の冒頭(ああなっちゃう前)以上に不幸だ。戦災によって家族全員は住処を喪っている。
 そしていきなり弟か妹が死んでしまう。ひどい。

 一応フレメスに助けられるが、カークウォールについても頼りの叔父はダメ親父。
 一年こき使われた後、エクスペディションのための金を貯め、ついに巨額の富を手に入れる!でも、生き残ったほうの弟か妹が死ぬ、あるいは離別する。

 その後も何だか色々あって、チャンピオンという称号を手に入れる!でも母親が殺人鬼の手によって殺されてしまう。知らないうちにメイジ・テンプラーの抗争に巻き込まれ、結局富も地位もなくして再度放浪の身になってしまう。

 難しい・・・。

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 冒頭は不幸から始まり、さらに家族喪失という不幸に見舞われる。
 一応、最初のとんがりが巨額の富を得ました、家買いました、二つ目がチャンピオンの称号を得ました、を表現してるつもりだが、そのたびに家族を喪います。だから不幸が増える。

 最後は家族も全て喪って、またしても逃亡者みたいになるわけだから、出だしよか悪いんじゃないかな。

 一応ロマンス相手が最後まで一緒だとして、ちょっとだけ最後に盛り返したことにした。

 まあ、そこまで真剣に考えて描いてないし、お絵かき道具はマウスだかんね。

 絵に描いたようなアンチ(アンタイ)・クライマックス、と批判されているので、敢えて絵に描いてみた。
 
 カタルシスはないですね。
 そこがDA2が物語として受けなかったストーリー上の最大の問題なんでしょう。

 誰もヴィデオゲームに「ハムレット」は求めていないし、カフカは・・・、そりゃああってもいいけど、まったく違う種類のゲームだよな。ただし最後まで「城」に入れないとかであれば、それゲームですらないし。アドヴェンチャー・ゲームの「サイベリア」とか不条理的な雰囲気はある程度似てるけど、それなりに「解決」するからね。
 
 やっぱ「シンデレラ」くらいじゃないと世の中受け入れられないんだろうかね。

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