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2011年6月17日 (金)

【DA2】【DA:O】「武勇」と「犠牲」

 Dragon Age IIのプレイスルー記事です。ネタバレ注意。

 本文は「続きを読む」の下。









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 ハイテンションで書いて、筆が滑って「グレイ・ウォーデンが体現するのはぶっちゃけ『武勇』(Valor)です」と書いてしまって、しばらくしてから、ああ、反論あるなあ、と気が付いた。

 ちょっとだけ時間があるので書いてしまう。

 Ultimaの八つの徳は、RPGファンたるもの「美徳101」コースとも言えるものなので、プレイはする必要ないが知っておいて欲しいですね。もちろんこれ以外にもヴァリエーションは山ほどありますが、以下、それに準拠します。

 グレイ・ウォーデンが体現するのは「犠牲」(Sacrifice)だろ? という反論がありえますね。

 カーヴァーが「ウォーデン伝説は大事なことを伝えそびれてる!」と言っていたひとつが、ウォーデンの誰かがアーチディーモンと刺し違えなければブライトが終息しない、というものだと思います。
 Originsでは(主人公とアリスターにその事実を伝えるべきダンカンがすでに戦死してしまっていたので)リオーダンの口からはじめて明かされる。

 特に第四のブライトであったか、エルフ・ウォーデンの物語は(アーチディーモン戦の直前に最終的にアーチディーモンと刺し違えることになるウォーデンを彼の恋人が身を挺して救い出した逸話など)全編、「犠牲」にフォーカスしたものでした。ウォーデンは「犠牲」の物語という説にも十分根拠はある。

 でも、私が「犠牲」でイメージするのは、DnDパラディンの物語なんですよね。
 (ちなみにウルティマに登場するパラディンは「名誉」(Honor)の具現者なのでちょっち違う)

 人の力では決して勝ち得ない邪悪な存在を、パラディンが神の力を呼び起こしてわが身もろとも打ち砕く、が基本形で、DnDではくどいほど繰り返し語られるイメージ。
 そこにあるのは「武勇」でも「名誉」でもなく、純粋な自己犠牲の精神だったはず。いわば「殉教」ですね。
 
 それと比べると、ウォーデンが「犠牲」の体現者ってのは、たしかにその面はあるけど本質は違うかなと。

 第一のブライト、百年戦われたというその戦役の最後に登場した最も初期のグレイ・ウォーデンは、まさに「武勇」を具現化する存在であった。ただしアーチディーモンは何度撃ち破っても蘇生する。最終的にアーチディーモン蘇生の謎を解明し(ずっと解明できなかったから戦いが百年も続いたのですが)、結果的に差し違えしかない、と判明したわけですよね。
 だからウォーデンの「犠牲」はロジカルな考察から生まれた必然なんだ。DnDパラディンのような「奇蹟」とは違いますね。

 また「武勇」だって、究極的には「最後まで戦場に踏みとどまる」ことだそうだから、結果的に「犠牲」が含まれてる、ってのはちょっとこじつけかもしれないが、いえなくもない。
 力点は、bravery、「勇気」のほうにあるってことかな。

 UltimaのValorの説明は次のようなもの。「犠牲」のニュアンスが含まれていて非常に格好いい。格好いいし、ここだけの話、こういうのはアメリカのあんちゃんたちがとてつもなく大好きなのだ。
 USマリーン!そのものだし。

"Valor is displayed by the player defeating enemies in combat and not fleeing in a cowardly fashion. This means that when retreat is necessary, the player should be the last party member to leave the field of battle."

 それからグレイ・ウォーデンには「慈悲」(Compassion)もあるぞ、という反論。
 これも別段、「武勇」と矛盾はしないから、あるでしょう。

 そう、べサニー・カーヴァーをストラウドがディープロードで救う理由は、もうその一点でしかない。「慈悲によるものではない」とストラウドは断言してますが、本心は違う。
 救える手段がある以上救おう、ということです。

 これを私はすっかり勘違いして、一回目プレイスルーで唖然とする結果になったわけですが・・・。(ウォーデンは慈悲の心ではリクルートしないと勘違いしていた)

 反証として後から気が付いたのが、Originsのデーリッシュ・オリジン。ダンカンが主人公をリクルートする理由は「慈悲」の一点のみですね。ジョイニング以外の方法では主人公をブライトに汚染された死から救えないからでした。

 もちろんグレイ・ウォーデンに選ばれるという「名誉」もあるが、それは後から付いてくるもの。 
 これも何度か書きましたが、武芸、才能、不屈の精神などの素養はウォーデンになるための「十分条件」。でもジョイニングの儀式を通過するという「必要条件」を満たさなければウォーデンにはなれない(つうか、通過できなかった者でも、ジョイニングを受けた段階でテクニカリーにウォーデンにはなるのだが即、死ぬが正しい)。
 でもダークスポーンの血(を材料にした飲料)を飲むまで本人が「必要条件」を満たすかどうかわからない。パラ・シュートかエアバッグと一緒で、やってみないと本当に作動するかどうかわからない。
 だからジョイニングを通過してウォーデンとなったときに一定の働きをあげられるだろう、「十分条件」を有している人(つか、エルフとかドワとか)を専らリクルートするわけです。
 
 キリスト教の裁きの日(宗派によって解釈違うそうだが)を念頭に考えていただくと非常にわかりやすい。
 自分が神に救われるかどうかは裁きの日までわからない。だいたい神の考えてることを人がわかるわけがない(必要条件はわからない)。でも仮に救われるとしたら、どんな人が救われるだろう? キリストの教えから想定される救われそうな人の言動(十分条件)ってどんなだろう。

 こういう曲者の設定ですから、これを「名誉」と断じるのは逡巡してしまう。 

 八つの徳で上に登場しないのは、「正直」(Honesty)、「正義」(Justice)、「信仰」(Spirituality)、「謙虚」(Humility)。
 訳語は私のものなので、ゲーム日本語版とは若干違うはず。

 これらはグレイ・ウォーデンの物語とは直接関係がない。

 もちろんDA2の物語は、「正義」、「信仰」、あるいは「謙虚」という美徳についてフォーカスしているといえなくもありませんが、グレイ・ウォーデンの物語ではない。

 時間が来た。
 こんな感じです。

 Originsの六つのオリジン・ストーリーはそれぞれどの美徳に関連するか、考えてみるのも面白いかもしれないが・・・。あまり綺麗に棲み分けてはいないようです。 

 

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