フォト
無料ブログはココログ

« Crypticよさらば。ほとんど付き合いなかったけど。 | トップページ | 銭形平次もそうだったのか・・・。 »

2011年6月 1日 (水)

【DA2】枠物語の功罪?

 Dragon Age IIのプレイスルー記事ではなくなったけど。ネタバレ注意。

 本文は「続きを読む」の下。









 greywardens.comのエッセイ。彼女は英語の先生(つまり国語の先生)だそうなので、文学面からの考察がされている。

 http://greywardens.com/2011/05/tale-within-a-tale/#more-12203

 DA2で用いられたナレイティヴの手法、「枠物語」には利点(benefits)もあれば欠点(detractors)もある、という内容。

 全訳する必要もないと思うので要点だけ。専門用語としては次のふたつが大事かな。

 perspective ここでは一人称視点。ゲーム内でファースト・パーソン視点から一切逸脱しないHalf-lifeやDead Space、RPGならFallout 3などをお考えいただければいいか。主人公(つまりプレイヤーのあなた)に見えていないところで起きている事実は、(見えないから)一切わからない。つまり、我々が日常送っている普通の生活と一緒だ。心理面まで含めれば、自分の考えてることは自分ではわかるが、他人の考えていることはわからないので、これも同様。

 omniscient 三人称全知視点。サード・パーソンというだけではなく、物語で起きることを任意の複数の視点から直ちに知ることができる視点。心理面まで含めれば、複数の人物の心理を切り替えつつ(ってのを濫用するのは、実はへたくそな小説なんだそうだけどね)解説できる。

**********

 「枠物語」自体は初期の文学から用いられてきた手法であり、チョーサーの「カンタベリー物語」、ボッカチオの「デカメロン」、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」、コウルリッジの「老水夫行」などが例に挙げられる。

 「枠物語」の最大の懸念はナレーターの信頼性。「老水夫行」の語り手は呪いによって物語を語り続けなければならない。一方「フランケンシュタイン」の語り手の物語は、怪物の言葉を聞いたフランケンシュタイン博士からの伝聞である。読者は果たして真実が語られているのかどうか不安となる。この点でヴァリックも語り手としては同じだ。

 天性の語り部であるヴァリックにとっては、物語を聞かせることが生きがいであり、真実は二の次だ。バートランドを探しに訪れるクエストでは、度を越した脚色をして、真実の探求者であるカッサンドラをいらつかせる。

 ある使命を帯びているカッサンドラはまだいい。プレイヤーにとっては、ヴァリックに完全な信頼を置けない以上、なにが真実であったか結局わからないことになる。プレイヤーが選択した内容をヴァリックが語るのであるから、それは真実であろうと推定するわけだが、疑問は晴れない。
 
 最終的に、何ゆえDA2がそのような手法を用いたのかと言うところに疑問を投げかけざるを得ない。著名な枠物語である「カンタベリー物語」や「デカメロン」にとっては、枠物語の構造全体が必要だった。だがフランケンシュタイン博士とその化け物の物語は、第三者全知視点を用い、本人たちから直接聴いたほうがバイアスも懸らず、ずっと信頼できたはずであった。

 構造は語るべき物語によって選ぶべきだが、果たしてDA2の枠物語という構造は物語の信憑性(integrity)を維持するために貢献したのであろうか?

**********

 まさに。「DA2の枠物語は実は無用ではなかったのか?」というところは同感します。
 飾りですね。本当の額縁、枠。ぱっと思いついて、いけそうだとなって、やっては見たけど、なんか最後はどうでもよくなっちゃったしね。
 しかもレイドロウ氏の言っていた枠物語は「プリンセス・ブライド」とか「プリンセス・ブライド」とか、あと「プリンセス・ブライド」とか・・・。他に例ないんかいと思ったもの(笑)。

 「千夜一夜物語」はいいんです。語り部は、殺されないようにできるだけ面白いホラ話を語り続けるのが主題だから。 

 厳密には「枠物語」とは呼べないかもしれないが、筒井康隆先生の「旅のラゴス」。
 内容も傑作と呼ぶ人は多いが、その構造は「あっ!」と度肝を抜かれるものであった。
 
 その世界観は、MMORPGなどこの世の中に存在すらしていない時代に生み出された、極めて良質のMMORPGの世界(本日現在まだこの世に存在していない(笑))のようでもあるし、膨大なときの流れからほんの一部を切り取って見せたようでもあり、いや、これが繰り返し語られる物語の全部のようでもあり、始まりも終わりもないようでもあり・・・。

 ま、私だって、良質の物語を読みたければ小説を読みますよ。
 ヴィデオ・ゲームはゲームのよさがあるんだ。ゲイダーさんが良く言うようにゲーム・ライターは小説家とは違うんだ。
 だから妙に迎合しなくていいと思います。

 DA2の「枠物語」はジャスト・アン・アイデアが不発に終わったということでしょう。
 映画「300」のようなコンバット!も不発だったし(悪いとはいってないが、少なくともあの映画とは全然違った)、将軍のように作戦を練る!ところは余りなかったし、だいたい十年に及ぶ壮大な立身出世ストーリー!は実質2,3年分しかプレイさせてもらえなかったし・・・。

 だから色々言わなければ良かったのにねー。

 

 

« Crypticよさらば。ほとんど付き合いなかったけど。 | トップページ | 銭形平次もそうだったのか・・・。 »

ゲーム」カテゴリの記事

Dragon Age II」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【DA2】枠物語の功罪?:

« Crypticよさらば。ほとんど付き合いなかったけど。 | トップページ | 銭形平次もそうだったのか・・・。 »

Dragon Age 2 プレイスルー

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30