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2011年5月30日 (月)

国民性について、なんとかフェアウェイに戻りたい。

 さて、エラリー・クイーンのところから物凄い勢いで脱線した。ちなみにその国名シリーズで呆れるくらいの脱線ぶりが愉快なのは、「ギリシア十字架の謎」だった。そこでは犯人をつきとめたエラリーが(もうやめっ!)。

 まあ前回から、私のガキの頃には、読んでいないと仲間内では「お話にならない」レベルの作品群だけあげています。カーはちょっちちがうか。
 そのくらい翻訳ジャンル小説のヴァラエティは限られていた、ということかな。んー今のほうがよっぽど貧困である気もするけど・・・。

 書き忘れたが(まだやるのか)、カーの作品をこよなく愛する理由には、「実は犯人を逃がしちゃうケースがやたら多い」ということもあった。ネタバレになるからどの作品群かは言わないが。
 殺人犯を逃がしちゃう、しかも場合によっては私立探偵だけじゃなく、警察署長も黙認(というか積極的に加担する)など、どうゆうこっちゃ!と表面上コンプライアンス重視の今の日本人にはきれる人がいるだろう。

 RPGでも完璧「逃がし屋」、「浪花節」の私だから、というのもあるか。
 ちがうんだよなあ。まさに「秩序」と「善」を切り離して、その寄り合うところはないのかと考えてるんだよなあ。米英の知的エリート(というか英国だな)にはそういう機運があるんだな。
 もらった(借りてきた)法律を「ははーっ」ってありがたくやってはいなかった、ツールとしてみていた明治の元勲たちの現実主義的な発想とかこの国ではどこかで吹き飛んだんだろうなあ。(良く考えたら現行憲法もいただきものだった)

 英国のエリートの必須条件には、「どう判断していいかわからない過酷な状況でも、ずーっと長い間、答えが出なくても悩み続ける、知的葛藤に耐え続けることができる」というものがあるそうだ。
 この間disciplineについて書いたが、実は英国人(メディア)が震災の日本についてアドマイアしたのは、disciplineというよりは、fortitude、「不屈」のほうだった。

 ごめんなさい、わかっていながら私が意図的にdisciplineに誘導しました。下世話なもので。センセーショナリズムで。

 もちろんここで言っているのは知的葛藤に関するものではなく、より根源的な生存にかかわる「不屈の精神」のことだが、英国人(メディア)たちがどんな価値観に重きを置いているかとてもよくわかると思う。やっぱジョンブル魂なのだ。ただしブリティッシュの場合は誰がどうみてもヤバい状況を「ジョークをとばしながら平気で鼻で笑い飛ばす」感じだ。
 そういう英国人から「不屈」の称号をいただけるなら「ははーっ」とありがたがっていただこうではないか。

 ロンメル大佐(当時)を先鋒としたグデーリアンの電撃戦にいいようにやられて、ダンケルクから命からがら奇跡の生還を遂げた大英帝国陸軍の大陸遠征隊(エクスペディション)。その後ヒトラーはオペレーション・シーライオン(あしか作戦)で英本土上陸を企図する。ヒトラー本人は英国上陸は意図していなかったという説もあるが、少なくともその前段で英本土上空の戦い、「バトル・オヴ・ブリテン」が戦われたのだ。

 バトル・オヴ・フランス(大陸での戦い)が敗北に終わり、バトル・オヴ・ブリテンがはじまる。チャーチル首相の演説はあまりにも有名だ。あの「我々は決して屈しない(We shall never surrender.)」というやつだ。

 ジョンブル魂でいえば、そういう本土侵攻ののっぴきならない危機を目の前にしたチャーチルが、「ナチスをやっつけるつもりだったのに、あっちからわざわざ殴られに出かけてきてくれるなら、楽でいい」とかうそぶくやつがそれだ。

 disciplineのときのように、fortitudeもちゃんとMerrian-Websterで調べよう。

 すると、危険や苦痛や逆境に勇気(courage)をもって耐える心の強さ(strength)のことのようだ。
 だからdisciplineは美徳でもなんでもないが、fortitudeは美徳だ。courageが美徳だからだ。

 東北と言うと東北人以外はすぐ「おしん」を連想するのだろう。
(私も生まれはあっちだからこれには苦々しく思うことは多い。あんまり知られていないけどB型が有意で多いんだぜ? 私はA型だから、そういう話題ではB型ギャグに走っちゃう傾向もあるけど、底抜けの明るさは美徳かどうか知らんが、少なくともこういうときは役にたつ。それと漁師、猟師には元々農耕民族と異なる気質がある)

 そうするとキーワードは「辛抱」だ。ただ「辛抱しいや」は関西人が言うとニュアンスが全然違うはずなので、もっと一般的には「根性」というやつだ。
 「根性」とか「気合」とかは手垢がついてしまって意味を取り違えられやすいから危険だ。

 それから読みもしてないくせに岩手の詩人、宮澤賢治アドマイアが蔓延してるけど、ちゃんと読めよ。
 「アメニモマケズ」の最初だけじゃなくて。ちゃんと指摘してくれた識者ももちろんいたけど、あれは農民たちとオロオロして一緒に泣くところが大事なんだよ。だからあそこで謳われている目指すべき美徳は「不屈」でも「辛抱」でもない。「共感」あるいは「慈悲」、さらには「謙虚さ」なんだ。宗教がかってんだよ。神がかってんだよ。
 ほら、ウェブで調べると最後なんて念仏となえてんだよ? それは実は私も今気がついたが、ずーっと前から気がついてたことにしておいてくれ(笑)。

 宮澤賢治といえば「注文の多い料理店」くらいは誰でも知っているでしょう。(え、まだ続けるの?)
 ネット社会なんだからさ、頼むから話題になってて読めるものは全文読んでくれ。

 どこが一番「すごい」かっていうとだな、主人公たちが東京に戻っても顔が恐怖でひきつったまま戻りませんでした、じゃないんだよ。
 最後に主人公たち間一髪の場面でどでかい白熊のような犬が二頭突っ込んでくるんだ。元ご主人様たちを助けるためかどうかはしらない。あの作品で(どうやら山猫系の化け物であった料理店主と異なり)犬たちはしゃべらないから。色々解釈はできる。

*************

「わん、わん、ぐわあ。」という声がして、あの白熊のような犬が二疋、扉をつきやぶって室の中に飛び込んできました。鍵穴の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中をくるくる廻っていましたが、また一声
「わん。」と高く吠えて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。

*************

 そしてその飼い犬たちを最初に主人公たちはどう思っていたか。

*************

 それに、あんまり山が物凄いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起して、しばらく吠って、それから泡を吐いて死んでしまいました。
「じつにぼくは、二千四百円の損害だ。」と一人の紳士が、その犬の眼ぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。
「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。

*************

 「デンコのお願い!」とかの似非エコとかじゃない、本当の意味での環境とはなにか、森とは、自然とは何かのお話なんですよね。 
 あ、なんだか目頭が・・・。

(そろそろ本題は放棄しますか?)
 

 

 

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