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2011年5月30日 (月)

国民性について、無理矢理終わらす。

 どうやら転売屋みたいなコメントしかもらえないようなので(笑)、誰も読んでいないだろうが続ける。

 あれ、ぜってー、ONE P**CEがひっかかったんだな。そうわかって伏字にしてもダメなんだな。どうすればいいんだ・・・。
(そうではなくて経験則的には、DA2ネタなどで特に休日にアクセスをたくさんいただいたりするとロボットが反応するらしいけど)

 「ヘタリア」だっけ? 自分では現物はネットでちらとしか見たことがないが、一時期物議をかもし出してせっかくのアニメがお蔵入りになったんだっけ?

 ウォー・ゲーマーあがりの自分としては「お、今でもこのネタって通用するの?!」と当時相当驚いた。
 まあ半島国が妨害するのもわかる気はする。当時のスーパーパワーに入ってなかったことへの恨みつらみもあるかもしれない。
 
 トーンがBLっぽいのでどぎつい所はかなり薄められていたと記憶してるけど、作者は色々よー知っとるなあ、とも驚いた。
 
 ようするにそういう話に近い話を書きたかったのだが、もう自分でもかなり見失っている。

 もちろん「比較文化論」とか「国民性」議論は、即座にステロタイプの罠に陥りやすい。というか十中八九陥る。
 これは人種や性別や、ありとあらゆる差別の問題にも通じる。昔Slyというファンクバンドの黒人リーダーが「おいらをキライになるのはどうぞご自由に、だが、おいらを黒人の代表とみなすのはやめてくれ」と叫んで有名になった。心の叫びだったのだと思う。
(DA2でも「一部で全体を代表させるな」とホークが同趣旨のことを言っている)

 だから、ついこの間の「窮屈さ」もとい、タイト・ルーズの研究のように統計を駆使してきちんと説明しようとする姿勢が必須なのですが。

 だが、そういう手法を使うのは大変なリソースが必要なのでとても難しい。

 「日本人は自然と共生しようとする傾向があるが、欧米人は自然を支配しようとする傾向がある」などという仮説も、いつまでたっても仮説のままです。なんとなくそうかな、と思うし、こういう命題を証明しようという様々な取り組みは今でも継続されているようですが、難しいのは大学に入っただけの学生でもわかるだろう。いや、わからないか?   

 アカデミックなものを探すのも大変なので、ここではオタクに頼りましょう。といってもスーパー・ミリタリー・オタクですが。

 オタクもスーパーになるとアカデミックと区別が曖昧になっていく。今の名前の通った経済学者はみなスーパー数学オタクだそうだ。

 でも下の話は、なにかの結論を出すというよりは。どちらかというと風変わりな視点から見た興味深い話、「さもありなん」という話になるかなと思っているのでそこは注意して読んでいただきたい。

 この画像を探すだけで疲れてしまった。

Gsqd_3 

 Advanced Squad Leader(ASL) という昔の第二次世界大戦の歩兵中心の戦闘を扱ったウォーゲームのコマ。
 コマ自体はドイツ軍分隊(スコード)を示し、下の大きな数字は左から火力、射程、士気だ。それ以外は割愛。
 さらに問題はこのうち「士気」だけ。

 「7」というのは、正六面体のサイコロふたつ振って出た目と比べるものだ。「士気」なので敵の射撃などを受けた場合に兵士たちが踏みとどまれるか、持ちこたえられえるかどうかをテストする数値。
 指揮官というコマもあり、これも画像を探すのは絶望的にきつかったので勘弁しておくれ。こちらはふたつの数値があり、9-2とかなっていて最初が自分自身の士気、次がただの2ではなく「-2」と読み、部下の兵士に与える士気のボーナス数値。

 非常に単純化しても問題ないので、関係するところだけ説明する。しかもASL自体はルールの整合性が最後まで完成しなかった「未完」の作品なので、その前身であるSquard Leaderの簡単なほうのルールを使う。

 その他なんの修正もない場合、士気7の分隊は、攻撃をうけたら7以下の目を出さないと士気粗相する。士気粗相したら、もう身の安全を守ることしかできなくなる。これを「士気チェック」という。
 「身の安全を守る」とは、遮蔽物などを探して身を隠す、できるだけ脅威から遠ざかろうとする行動などをいう。
 その状態から戦闘可能状態に戻るためには指揮官が一緒にいて別の「士気チェック」に成功しなければならない。

 つまり、このゲームの歩兵たちは、敵の弾に当たって怪我したり死んだりすることは概ね捨象されていて、戦火にどれだけ持ちこたえられるかにポイントが絞られている。
 だから攻撃するほうは、どれだけ敵を死傷させるかというよりは、どれだけ集中砲火を浴びせて士気を打ち砕くか、に注力することになる。
 (もちろん敵の機関銃の十字砲火の前の野原をただ走っていったら全滅するが)

 もうひとつ、士気粗相状態になった兵隊が攻撃を受けると、今度は「絶望時の士気チェック」というペナルティが重なる。一緒にいる指揮官が士気粗相したりするとさらに二回チェックをするなどどんどん悲惨な状況になっていく。

 ここで例えば上の9-2の指揮官が一緒にいると(その指揮官自身がまず士気チェックに成功したら)、サイコロから2を差し引くことができるので、分隊は7+2、9以下の目を出せばいいことになる。戦闘継続能力は格段に向上する。士気粗相状態から回復するときにもこのボーナスが有効。

 中には6+3などというとんでもない指揮官もおり、自分が士気粗相するわ、部下には悪影響を与える(+3だから7の分隊は4以下を出さないといけない)とか散々なことになる。こういう人はできるだけ部下の傍におかず、無線で支援砲撃を呼ぶ任務などにつけたほうがいい。いや、私は特に誰のことも言っていないよ。

 7と言うのは標準的な数値で、ドイツ軍、イギリス軍などの一般的な兵士。エリートになると(例えばそれぞれ武装親衛隊、空挺部隊)、8になったりする。つまりうたれ強い。
 逆に国民防衛隊などのように無理矢理かき集められた兵隊は6や5を使ったりする。とてももろい。

 さて各論。

 アメリカ人が作ったゲームなのに、一般のアメリカ兵は士気が6だ。もちろん武装は一流なので火力も射程も優秀なのだが。
 ところがアメリカ兵だけには「絶望時の士気チェック」が適用されない。
 わかりやすくいうと、わーっとすぐに士気が打ち砕かれるが、またすぐケロッと立ち直る感じだ。これをデザイナーは「アメリカ兵には逆境をひとりで耐え忍ぶというより、とりあえず脅威から逃げ、皆で慰めあう、傷を舐めあって励ましあう傾向があったから」と説明している。これを私はO型気質だと思っている。

 もう一つには、かのロンメル将軍が米軍を称してこう言ったからとも説明されている。
「緒戦でこれほどひどい軍隊を見たことはなかった。だが二回目以降、これほど実戦から教訓を学ぶ軍隊もまた見たことはなかった」
 これもまた私はO型気質だと思っている。

 イタリア軍だと(皆様ご想像のとおり)簡単に士気粗相して、ずっとそのままだったりする。そりゃ命は惜しいでしょ。意外と、本国でどれだけ愉しい生活が待っているかに関係あるのかもしれない。

 ロシア軍だと、士気7で一般にはドイツ軍と同じだが、あまりに過酷な状況に置かれると、キレてしまって狂乱状態(バーサーカー)になったりする。デザイナーは、農民出身の多かったロシア軍はそういう状態になるケースが実際多かったからと説明している。ブチきれてしまって、最も大きな脅威に向かって突進したりする。

 なお、指揮官が士気粗相して、さらに攻撃に耐えられないと取り除かれる。死んでしまったのか重症でもう意識がないのかもしれない。この場合兵隊はさらに絶望時の士気チェックを要求される。
 このゲームの歩兵の元々のモデルであったドイツ軍について、デザイナーはこういう例をあげている。
 あるドイツ軍の部隊で、部下全員から慕われていた大隊長が前線で戦死してしまう。大隊全部がその死を嘆き悲しんで、作戦行動ができなくなってしまった。
 この事態を解消するためには隣の大隊の大隊長がやってきて実際に指揮を引き継ぐ必要があった。

 イギリス軍も特に違う扱いはしないので、モデルとしてはドイツ軍のモデルと似ているということであろう。

 さて日本軍だ。

 このゲームの日本軍には「士気チェック」がない。アメリカ軍のように「絶望時の士気チェック」だけないのではなく、元からない。ないのだ。ルールブックのどこを読んでもない。

 では何が起きるかというと、まず指揮官は死ぬ。これをデザイナーは、「たとえジャングルの真ん中でも、日本刀を振り回して白馬に乗って自分が指揮官だと示している日本兵は、大抵戦闘開始早々にシャープシューター(ちょっち違うけどスナイパーと思えばよし)の餌食になってしまったから」と説明している。ほんまかいな。

 でも今もそうだが、日本軍には元々あんまし将校は必要なかったのだろう。いきりたってる将校の命令を軍曹以下がガン無視するというのは従軍した人たちから良く聴いた話だ。無視しないと死んでるから日本に帰ってきて話もできないけど。
 (あれ? 生臭い話になってきた?)

 兵隊は違う。文字通り戦火を「耐え忍ぶ」のだ。そして日本兵は他の軍隊と違って兵隊の死傷が捨象されない。耐え忍んだあげく段々兵士が減っていく。そうゲーム内で表現される。士気粗相しないから士気回復のための指揮官はいらない。

 フィンランド軍(ロシアとの祖国防衛戦争にしか登場しないが)もまた(日本軍とは違う意味で)指揮官がいなくても構わない軍隊として扱われている。一般に指揮官のボーナスがない。指揮官がいなくても士気粗相状態から自発的に回復する。
 やるべきことは言われなくてもやる、シッシの精神と呼ばれる自助自立の国民性があったからとデザイナーは説明している。指揮官が欠けても、部下の中からあっさり新しい指揮官が生まれることでも表現されている。

 今とは時代も違う。上にも書いたが当時の本国での生活も(良かれ悪しかれ)大きく影響する。政治体制も戦争の目的も各国それぞれ違う。
 そしてたかがゲームだから、デフォルメがある。

 さらに一番最初に断ったように、あくまでスーパー・ミリタリー・オタクのデザイナーたちからみた諸国民論だ。ただしスーパーな連中が参照している文献などはアカデミックと区別がつかないくらい膨大である。

 どう感じたかはあなた次第。

 

 
 

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コメント

>もちろん「比較文化論」とか「国民性」議論は、即座にステロタイプの罠に陥りやすい。というか十中八九陥る。
あれですね、「アメリカでは……」とか「アメリカ人は…」(国の名前は変更可能)としたり顔で言う、私のような人間のことですねw

DA2の中でも士気チェックやってる所あったな。真面目ホークだと、いい演説して全員立ち上がるんだけど、おちゃらけホークだと一人しか味方してくれない。強気だとどうなるんかしら。

>としたり顔で言う、私のような人間のことですねw
 気がついてるってことだからそういう人は大抵大丈夫なんでしょうが、「それステロタイプだよね」というとこっちの頭がおかしいみたいな目でにらみ返してくるおばさん(ここは断じて譲らない。おばさんが圧倒的に多い)とか二度と話をしたくなくなる。(というこの文章がステロタイプの発想と気がつくかどうかチェック(笑))

 おちゃらけホークでやったとき、頷くのは一人だけだったけど、そういう意味だったんですかー? ああ、気がつかず、みな一緒に戦ってくれたのだと思ってた。だめリーダーだな、自分。

 「士気チェック」はMass Effect 2の全編がそうなんです。スコード・メンバーの士気をあげておかないと悲惨な結末が待っている。
 良く考えたらシェパードが「スコード・リーダー」だった。中佐(だと私は信じてますが日本語版では少佐?)で分隊長ってのはどうなんだろ・・・。

Commanderは「中尉」では?(宇宙の海の)海軍だとすると、ですが。
Captainの下でLietutenant Commanderの上ですよね。。。年収600万くらいの中間管理職というイメージです。日本語版では二階級昇進かな。まあコミックやアニメの中の階級は大体インフレしているので。

 いや「中佐」ですよ。ジェームズ・ボンドが英国海軍中佐で「コマンダー」です。海自だと「二佐」の英訳がそう。
 米海軍でもそうだと思います・・・。米海兵隊は違うのかな。
 だから日本語版で「少佐」は「降格」になっちゃう。
 
 ま、なんでもいいんですけどね。
 
 「中尉中尉と威張るな中尉、中尉、少尉のなれの果て」

 めずらしく都都逸など(笑)。

 ああ、混乱の理由がわかりました。海軍のキャプテンは大佐です。陸軍のキャプテンは大尉です。
 艦長=キャプテンだからです。中佐は本来はXO(エクゼクティヴ・オフィサー、副長)。でもシェパードのように艦長になることもある。
 ゆえに、陸軍が海上輸送などのために海軍の船に乗るときは、陸軍大尉のキャプテンと艦長を混同しないように・・・。あああ! ど忘れした。陸軍大尉のほうの呼び名を変えるんです。ご免、調べたけど見つからない。
 
 調べる途中で目にしたのですが、なんか自衛隊でも「大佐」とか「大尉」の旧称を復活させるようです。陸軍はたいさ、たいいですが海軍ではだいい、だいさ。これも復活するのかな?
 あああ、「ヱヴァ」の葛城三佐は、葛城少佐になってしまうのか・・・。なんか感じが違うなあ。
 
 またようやく「普通科」も「歩兵」に戻るみたい。「特車」はすでに「戦車」に戻っているのかな。「パトレイバー」は警察だから関係ないか。
 
 
 

まーちーがーえーたー(^^ゞ
おっしゃるとおりです、英国でも米国でもCommanderは海軍中佐ですね。階級表見ながら間違えてやんの、恥ずかしー。
「海の勇者ホーンブロワー」シリーズなど読むと、艦長との混同を防ぐため「大尉」の方の呼び名をルテナントにするような事が書いてありますね。

 お、ありがとうございます! 普通に「ルテナント」になるのでしたか。
 その伝統は今でも残ってるみたい。
 
 ME日本語版で「少佐」ってのはやっぱあの、いつも赤いのに載ってる人の影響かもしれない。 いきなり「大佐」になって復活したときにはのけぞった。
 「私がモビルスーツに乗る時は(ジオン総帥ではなく)、大佐と呼んで欲しいな」というセリフは、今話題のあの「カダフィー大佐」などをリファーしてんですよね。
 大佐=艦長、連隊長であるように、あくまで「現場の人」、カダフィーの場合は「民衆寄りの人」というイメージを重視したいのでしょう。
 ちなみに空軍でパイロットとして自分で飛行機をとばしていいのも「大佐」までです。将官になると現場に出てはいけなくなる。
 「インデペンデンス・デイ」で米大統領がF-15(F-18かもしらん)に乗っているのも、彼が湾岸戦争で実際にパイロット、空軍大佐だったからですね。ま、ご都合主義だけど、アメリカ人の心は打つ。(ウィル・スミスのほうは海兵隊大尉)

 (小説ではF-15だったが映画ではF/A-18になってたそうだ)


 

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