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2011年1月 2日 (日)

功利主義者の新約聖書

 新年あけましておめでとうございます!

 ココログ・ブログ容量オーバー(ぶつぶつw)のため、かつ、容量増設についての課金設定がどうにも納得できないので、第二ブログを始動させることにいたしました。

 今年もよろしくお願いします。

 年末年始は、ぜんぜん進んでいないDnDドリストもの原書を読むぞーとか意気込んでいたのですが、今読んでいるものは全く別物です。

 日頃クリック(ウェブ)の本屋しか利用せず、ブリック(リアル)に足を運ばないのですが、年末年始だけは移動の関係で現物を手に取りながら物色することになっている。そして「こんなの出てるんだ」とびっくりして買い漁る。これは毎年繰り返す儀式のようなもの。 

 佐藤優氏の、なにか別の著作(既に題名を忘れた)が面白そうだと書店を探していたら、彼の解説つき「新約聖書II」がみつかった。 

 うわ、これいいじゃん。
 でも「II」かよ! (ヴィデオゲームに限らず、私の場合これもいつものことなのです)

 あわてて「I」を探してまわったがなかなか見つからず、ほぼあきらめかけて入った何軒目かのリアル書店でようやく二冊ともゲット。
 まじめに調べず買ったので、「きっと彼が訳しているんだろう。監獄でいっぱい時間あっただろうし」とか、「そうでなくても、少なくともいっぱい注釈があるんだろう」と思っていた期待はサックリと裏切られた。

 すでに出回っている聖書の日本語訳に、彼がちょっと解説をつけているくらいの感じ。
 でもその解説、薀蓄はそれで十分元が取れるくらい面白いのだ。

 彼がクリスチャンであるという事実はご承知の方も多いかもしれません。また自身を功利主義者と規定していることも知れ渡っているのかもしれません。功利主義的な読書術などという書名を耳にしたことがある方もいるでしょう。

 佐藤優氏ってだれ?という方は、ちょっと違うブログにきちゃったみたいね。いい子だから、ママのところに戻りましょうね。

 もちろん私は無宗教(れっきとした思想・アイデオロジー)ですらない、ごく普通の日本人同様、宗教に対して無頓着系です。

 日本人でよく宗教は仏教という人がいます。これは注意が必要です。
 修行も座禅もしてないから仏教徒ではないなどと暴論をいう人もいますが、そう言う意味とは違います。仏教の宗派には念仏オンリーでOKなものもあるのはご承知のとおり。
 相手によっては仏教を「宗教」と認めてくれないケースもあるということです。「哲学」とみなされることも予期していてください。なにしろ仏教思想に「神」は存在しない。

 なにも新年に急に信心深くなったわけでもなく、突然啓示を受けたわけでももちろんない。

 私も間違いなく功利主義者でありますから、この本を手に取ったのも功利主義的な企みによるわけです。

 全てはヴィデオゲームを楽しむため。BioWareのCRPGゲームを楽しむためのことなら、私にとって何でも大事です。

 年末に「ロマンス」は苦手分野だと書きました。
 ただし「唯一の」とか「最大の」とかは書かなかったはず。

 苦手分野は他にもあります。そのうち結構重要な部類のものが「宗教」です。

 クリスチャニティーについて知ったかぶって書いてますが、生煮えの知識であることは認めざるを得ない。
 第一、旧約・新約を通して読んだことがない。旧約の楽しいところ(ドラマチックなところ)だけつまみ食い、とかその程度。
 だから佐藤優氏のタグで食いついて、永年の宿題の新約を読むというのは、これは二度おいしいのだ。

 「ロマンス」も「クリスチャニティー」も期せずして、日本語では「愛」に関する事柄となります。

 でもロマンスとクリスチャニティーの愛は明らかに違いますよね。それはわかる。ではどう違うのか?
 答えられませんね・・・。少なくとも私ごときの今の知識では。

 もちろん「愛」が得意分野であるなどと嘯くのは、小鳩のハトのほうとか、完全に胡散臭い系であります。

 「ロマンス」も「クリスチャニティー」も、大恋愛をしてやろうとか、入信してやろうなどと真剣に考えてるわけではない。ましてや救済されたいとか、世界を救済するとか、人類兄弟、世界家族とかの発想とも関係ない。

 RPGにはこれらが必ずついて回るからです。
 ロマンスは古今東西老若男女でさほど違うとも思えない(あ、男女はさすがに視点が違うか・・・)でしょう。そうでなければハーレクインも、ハリウッドも、ポップミュージックも世界展開が成り立たない。あー、あとAVもか。なんたって結局人間だしね。

 洋ものRPGゲームであれば、宗教もまた大きなテーマとして登場する。
 Dragon Ageはまさにそうだ。Mass Effectでも宗教について結構シビアな話が出てきます。
 そして多くの場合、クリスチャニティーの知識が(他の宗教観との関係性も含めて)わからないと、本当の意味ではなにいってるかわからない。 

 現世に存在しない、見たことも聞いたこともない、まったく新しい宗教観を創り出せば、それはSF。サイファイでなくれっきとしたSF。
 でもファンタジーの場合とサイファイの場合は、現世の宗教観を多少模様替えして見せているんですね。その場合、洋ゲーの送り手の多数がクリスチャニティーであるだろうから、そこらへんを知らないと楽しめない。 

 ゲームを遊ぶのに、クリスチャニティーの本当の意味なんて知る必要はないだろう。
 ない。断じてない。

 でも知ってれば、より楽しめるはずだという仮定に基づいて、読むことにした。

 そして「目からうろこが落ちる」の語源は、なんとパウロの故事(イエスの故事もあるのか)に由来することを、この年になって初めて知り、驚愕して文字通り「目からうろこ」が落ちた。

 これ、飲み屋でお姉ちゃん相手につかえるネタだな。得したなw。
 (功利主義者ですから)

 

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