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2011年1月 7日 (金)

【DA2】デヴィッド・ゲイダー氏インタヴュー(SG)

 このサイトは知らなかった。つうかsarcasticgamer.com。皮肉に満ちたゲーマー?
 ゲーマーは皮肉に満ちてるに決まってるんで、これリダンダント、重複表現というか冗長形容じゃないのか。そんなのは私だけか。
 
 DA2リードライター、デヴィッド・ゲイダー氏インタヴュー。彼も、皮肉屋としては人後に落ちない御仁である。

http://sarcasticgamer.com/wp/index.php/2011/01/sg-interview-david-gaider-lead-writer-dragon-age-ii.html#more-60514

 超訳は「続きを読む」の下だ。

 相変わらずゲイダーさんの発言は歯ごたえがある。英語的にもだけどw。フォーラムに書き込むのもインタヴューに答えるのも、大変細かく、一字一句吟味している感じだ。
 超訳にもっとも不向きな喋り手だ。だからこそ、含蓄の深いお話が出そうなんでがんばって訳そうとしてるんですけどw。

**********

Q: DA2のようなゲームをリリースする際、色々なメディアに様々なストーリーが展開されることになりますが、あるメディアにはどのようなストーリー要素が一番適しているかはどのようにして決めるのでしょう?

A: プレイヤーが何かを探索するようなコンピューター・ゲームでは、必ずしもストーリーを彼らの目の前に提示しなければならないわけではない。一方、他のメディアの場合はもっとずっとフォーカスしないといけない。例えば小説で壮大な物語を描くことも可能だが、それは読者を楽しませるためのものであって、インタラクティヴ性を求めるわけでもない。

Q: では、ゲームにはこのストーリー(story arcs)、一方、例えば小説にはこのストーリーというのはどうやって決めるんでしょう?

A: 小説の類では、ずっと狭いスコープを選ばないといけない。(訳:主題かな?)たったひとつを選ぶんだ。だからそのひとつがなんであるかを決めるのが問題になる。ヴィデオゲームでは壮大なイヴェントを描くことができる。小説でそれをやろうとすると、その壮大なイヴェントのうちのあるひとつの断片(one slice)しか提示できない。

 ヴィデオゲームはもっと大きな光景を見せることができる。例えば、Originsではデーリッシュ、ドワーフ、ブライトなどに関する大きなコンセプトを持ち込むことが可能だった。普通の物語ではこれは容易ではない。(インタヴュアー:27時間の映画がいるわけですね!) そのとおりだし、あるいはデヴィッド・エディングス流にパッケージに小分けしたかのようないくつもの物語を読者に読んでもらうようにしなければならない(注)。

 それでもまだ、(訳:ヴィデオゲームでも)フォーカスすべき要素の問題が残ることには変わりないんだ。みんなを部屋に集めて、なにかわくわくするようなものを見つけるまでずっと話し合わないといけない。そういうわくわくするような何かを見つけたとき、それこそこれから自分たちが成すべきことであるとわかるのさ。

(注)デヴィッド・エディングスはアメリカのファンタジー作家。詳しくはわかりませんが、Wikipedia(en)によると、The Dreamersなる作品群では、各パートはそれぞれある登場人物の視点からの物語となっており、その集合体で物語全体を構築する手法を取っているとのことなので、これのことかな。

Q: 続編を作るとき、一方で前作の既存のファンをひきつけたまま、他方で新規のファンを開拓する際には、どのようにしてバランスを取るのでしょう?

A: アクセシビリティ(accessibility、とっつき易さ)だ。ハードコア・ファンに対してゲームをアクセシブルにしたなどといったら、全員「なんだよ、難易度レベル下げたのかよ」というだろうね。
 これ(アクセシビリティ)の向上が難しい理由の一部は、Dragon Ageにとってユニークな特定の要素が存在するからだね。よくあるファンタジーの罠に陥る可能性があるんだが、我々はある種のちょっとしたヒネリを加えることにしていて、そして肝心なのは我々のヒネリが何であるかを皆に示せるかどうかなんだ。
 Originsはまっさらの新作であったわけだから、もっと内容をじっくり紹介するべきであった。今回のDA2については、前回よりもうちょっと余裕がある。ある物事についてプレイヤーたちが既によく知ってると期待していいこともあるし、そうでなければ我々が文脈の中でそれがなんであるかを説明することができる。

 続編を語る上で大事なことは、(訳:プレイヤーによっては)新しいかもしれない物事を物語の中に無造作に投げ入れてしまい、結果的にそれが例外的な取り扱いになってしまわないようにすることだ。

 例えば、エルフがなんであるか全く説明しないままストーリーにエルフを登場させることはできる。だがデーリッシュ・エルフについて説明しないまま登場させ、かつ全くデーリッシュ・エルフらしからぬ行動を取らせるのであれば、なぜこのようなおかしな行動をしているかをデーリッシュ・エルフを知らないプレイヤーに説明しなければならず、さもなくばプレイヤーに誤った印象を植え付けてしまう。我々はじっくり座ってゲームのプロットを書き起こし、プレイヤーの視点から眺めなおすわけだ。「自分が遭遇したのは何であり、それはいつのことであり、ゲームのその時点で自分は一体なにを知ってるんだろう」ってね。

Q: つまり、ゲームワールドに関するプレイヤーの知識レベルや認知度を、どの時点においても予測しなければならないと。それはしんどそうですね。

A: そう、まるで別人格かのように振舞わないといけない。例えば私はアクションがちょっとしか好きではないプレイヤーの振りをするとしよう。そんな自分の経験はどんなだろう? 例えば私はアクションに没頭してしまいたいタイプのプレイヤーだとしよう。そんな自分の経験はどんなだろう? 例えば私はOriginsをプレイしていないとしたらどうだろう? 例えば私は、Originsでの自分の全ての経験がDA2になんらかの影響を及ぼして欲しいとしたらどうだろう? そうやってあらゆる人々の視点から眺めないといけないんだ。
 つまり・・・・、ゲーマーたちのロールプレイを強いられるってことか?!(笑)
 メタ・ロールゲームだね! 

Q: Originsのさまざまなオリジン・ストーリーをもつ複数の主人公という設定から打って変わって、DA2ではたったひとりの主人公という設定にしたのはどういう判断によるのでしょう?

A: ひとつの理由は予算上の問題だね。Originsのオリジンストーリーをそれぞれ見てみると、大変な労力を要したことはおわかりになるだろう。そうした出費も、例えばOriginsがそうであったと思ってるけど、それなりの結果に結びつくのであれば意義深いものだよ。

 Originsにおいては、我々の構築した世界観とそこにおける生活のさまざまな断片、その一切合財をプレイヤーに提示しなければならなかったわけだから、あの手法による成果はとても重要なことだったと考えている。

 DA2の物語でも、開発当初は複数の出発点も検討したんだが、それによって出費が大きくなることは言うに及ばず、我々が語りたいストーリーを疎外することに気がついたんだ。出発点で物語を分けるというのは、それから語り継ごうとするストーリーを希釈してしまうことになる。

 例えばプレイヤーがドワーフだとすると家族にメイジはいない(訳:セダス大陸のドワーフはメイジの素質が生まれつきない)。このようにすべてのヴァリエーションについて、まったく新しい筋書きが必要になる。ある日我々は集まって座って、予算はともかく、他にもっとやるべき大事なことがあるんじゃないか?と話し合ったのさ。

 一人の主人公の物語に集中することで、ライターとしては確かにあんまりスリリングではなくなった。ライターの視点からいうと、キャラクターを狭く絞りこむことになるんだ。だが多少深く性格づけられたキャラクターがいると、物語にキャラクターをしっかり結びつけるチャンスが与えられる。DA2をプレイしてから後、Originsに戻って再度プレイしようとするのが本当に辛く感じられるようになったんだよ。

(長くなりそうですので、次の記事に続きます)

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